読み物

宗慎茶ノ湯噺

【宗慎茶ノ湯噺】其の十六 薪水の労

【宗慎茶ノ湯噺】其の十六 薪水の労

【宗慎茶ノ湯噺】其の十六 薪水の労

若水

新年を迎えた茶家で、まず行われるのが若水(わかみず)を汲むことです。元旦の夜明け前、初めて井戸から汲み上げられる清らかな水は、茶の湯第一のご馳走。「鶏鳴水」とも呼ばれます。まだ日の昇らぬ暗いなか、誰より早く新しい年の訪れを告げる一番鶏の声。時を同じくして汲み上げられる水は、陰陽の観点からも清新の気に満ちた力水として大切にされてきました。

「去年今年貫く棒の如きもの」 高浜虚子

大晦日から炉の中で年越しさせた熾火(おきび)に、新しい炭をつぎ、釜に残された湯に若水を足し合わせる。行く年、くる年が、小さな炉の中で合わさる一瞬。それから時を移さず行われるのが、新年最初の茶の湯「大福茶」です。

薪水の労

年頭に際し、いつも思い起こされるのは「薪水の労」の一語です。

茶の湯のもてなしに欠かすことの出来ないご馳走とはなんでしょう。それは豪華な食事や、貴重な茶菓といった口にするものばかりではありません。

「ご馳走」の文字とおり、客のために駆けずり、走りまわって整えられた全て。中でも「火」と「水」は大事なものです。

「薪水(しんすい)の労」。

これは茶に限らず、“人をもてなすこと”と同義に用いられる言葉です。出典は中国の炊事仕事にまつわる故事。(『南史』「陶靖節伝」)

誰かのために薪を割り、水を汲む。これ無くして、湯を沸かし、人をもてなすことは叶いません。

面倒を厭わず、汗を流すこと。もてなしの根本です。

茶の湯の席では、季節により炉と風炉を使い分けています。囲炉裏と火鉢を洗練させたものです。見た目は随分異なりますが、灰を入れ、炭をつぐことに変わりはありません。

灰といってもそれはただの燃えカスではなく、粒の大きさにこだわり、灰汁を抜き、天日に晒し、洗い清め、時に番茶で色を付けるなどして丹精込めたもの。炭は尚一層のこと。

製法や大きさに様々な約束がありますが、そんなことよりも、皆さんに知ってほしいのは、使う数日前から水で洗って微細な塵を取り除き、干した上で用いていることです。

目に見えない準備に誠を尽くしているから、茶席に漂う空気は凛と張りつめる。一つの真実です。


ところで、今では日本の茶席では毎年十一月になると決まったように炉を開き、翌年の春、四月が過ぎれば塞ぎます。古くはそうではありませんでした。利休は柚子の実の色づくを見て炉を開いたと伝わります。

また、利休の少し前、武野紹鴎の頃の茶法を記した書物『烏鼠集四巻書』(一五七二年頃成立)によれば「開炉、閉炉」について「老者 十月早く開 二月は遅く閉」「少壮は 十月遅く開 正月に閉」と書かれてあり、今とは異なる時機が指示されて興味をひきます。

炉のしつらえは、茶席の風情として大切なものですが、寒中に暖をとるための実用性も不可欠な役割です。老いたるものは早くから、そして長く用い、若きは早々には用いず、出来る限り短く切り上げる。趣向と、実用の両方にわたる入念な教えと言えそうです。

紋切型の固定化した対応をせず、臨機応変の心掛けが肝心、といったところでしょうか。

当たり前のことを続けるのが一番難しい。

「不難不易(やすからず かたからず)」。唐の時代龐居士と霊照女の親子の故事です。途方もない昔から、今に至るまで繰り返し巻き返し、問い続けられて絶えることがない教え。折ふし反芻しておきたいものです。

さて、薪水の労に話を戻しましょう。

最近は、日本でも中国茶がひとつのブームです。中国茶の席では一般に、如何に簡単に湯を沸かすか、に注意が向けられ、様々に便利な器具が持ち込まれています。炭を起して湯を沸かす場面など、目にすることは稀です。IT化のスピードが恐ろしく素早く、様々なツール、システムの導入に躊躇ない、かの国の合理性そのものを思わせます。技術革新、イノベーションの積み重ねは悪いことではなく、むしろ人の暮らしを豊かにするものとして歓迎すべきことでしょう。

別に目を向ければ、和のもてなしを前面に打ち出したラグジュアリーホテルなどでも、様々にアレンジを加えた茶の湯のしつらえを見かけます。そうした場では、消防法や建築法規上の理由から炭を使うことは許されず、もしくは、現代性を打ち出す理由からも、炭が用いられることはありません。

薪水の労にも否応なく変化が生じてきています。

茶の湯が求めるのは、簡便にして、口に美味ではなく、五感を研ぎ澄まして初めて感得できる妙味。その価値が、奥深い味わいが、時代の移り変わりに左右されることは決して無い。

しかし、常に工夫は求められ、いつも同じでいられる訳ではない。今を生きる我々にとっての薪水の労とは何か?愉しみの中に、自分なりの答えを、誰かと分かち合いながら求めていきたいものです。

文:木村宗慎

茶人・芳心会主宰。茶道ブランド「茶論」総合監修。 少年期より茶道を学び、1997年に芳心会を設立。京都・東京で同会稽古場を主宰。 国内外のクリエイターとのコラボレーションも多く手掛けており、様々な角度から茶道の理解と普及に努めている。 2014年から「青花の会」世話人を務め、工芸美術誌『工芸青花』(新潮社刊)の編集にも携わる。 著書に『一日一菓』(新潮社刊)、『利休入門』(新潮社)、『茶の湯デザイン』『千利休の功罪。』(ともにCCCメディアハウス)など。

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