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宗慎茶ノ湯噺

【宗慎茶ノ湯噺】其の十三 「道具―数寄屋袋―」

【宗慎茶ノ湯噺】其の十三 「道具―数寄屋袋―」

「お茶やってみよう!」そう思い立った人がまず手にするものは何でしょう。抹茶と茶筅を買いに行く、茶碗を選びに行く。アプローチの方法はさまざま。

それが「お稽古をはじめる」だった場合、まず必要になるのが帛紗や懐紙、扇子といった手回りの小さな道具たちです。俗にお稽古の“七つ道具”などと呼ばれるアイテム。帛紗・古帛紗・扇子・懐紙・菓子切・小茶巾など…七つとも限らないのですが、いずれも掌に愛らしい自分だけの道具。
まだ初心者だから、と遠慮するのはもったいない。気に入ったものを少し背伸びして求める喜びを大事にしたいものです。

さて、そうした稽古や茶会に行くおりに必要なこまごまとした自分の道具を入れておくために重宝するのが「数寄屋袋(すきやふくろ)」や「帛紗挟(ふくさばさみ)」もしくは「懐紙入(かいしいれ)」と呼ばれる袋ものです。茶の湯におけるハンドバックやポーチのような役割、と言えばわかりやすいでしょうか。

懐紙や帛紗だけが入る小さめのサイズのものが「帛紗挟」。他の小道具もあわせて、帛紗挟ごと収めてしまえる大きめの「数寄屋袋」。

それぞれ名前の由来は明快です。折りたたんだ帛紗を傷めずに持ち運べるよう布で挟みこむことから。または未使用の白く綺麗な懐紙を汚さないように入れておくものだから。懐紙入と呼ばずに懐紙挟(かいしはさみ)と称することもあります。これの原型は「筥迫(はこせこ)」。昔の高貴な女性(例えば江戸時代の大奥や、武家の女性など)のお洒落に欠かせないマストアイテムでした。


筥迫とは、女性が打掛を着た時に懐中に入れた紙入れの一種。小金や守り札、紅板(口紅)など化粧品を入れたりもしたようです。贅を争い、華やかなものを正装の時に身につけて、正に今で言うパーティーのクラッチバックのような感覚で用いられていました。

現代では、花嫁衣装や七五三の晴れ着に名残を僅かに留めているばかり。四つ身の振袖に身を包んだ女の子、白無垢や打掛の花嫁さんの胸に入れている、可愛らしい房紐が下げられた小さな箱のようなもの、あの中には一体なにが入っているのだろうと思われた方もあるはずです。

かつてのお姫様たちは、金銀の細工までも施された美々しい懐紙挟を襟と襟の間、胸元からちらりと覗かせてセンスを競い合った、という訳です。豪華な筥迫、懐紙挟を用いずに、懐紙や帛紗をそのままむき出しで着物の襟もとに収めるのは、日常のこと、見ようによっては、これまた“侘び”の表現でもあるのです。

もう一方は、数寄屋すなわち茶室に行くときに持っていく袋ものだから。いつの頃からの名づけか詳らかではありませんが、気の利いた茶道具商の方が、考え付いた品なのではないか、と思ったりもします。

クラッチバックを思わせるサイズ感やデザイン、何百年も前からあったものではなくて、女性を中心に、お稽古ごととしての茶道が盛んになってからの産物ではないか、というのが個人的な感想です。

実用の点を考えれば、和装はもちろんですが、洋服での稽古にはこれほど便利なものはありません。ちょっとしたメモ帳とかペン(厳密に昔気質な約束ごとを言うなら茶席では筆記のメモは厳禁ですが…)、最近ならば携帯のデバイスも収めておくことが出来ます。

茶席では“身に寸鉄を帯びず”が大切なルール。それはアクセサリーや腕時計といった装身具が、漆や陶器といった柔らかな素材の茶道具を傷つけぬように、との気遣いから。身から外して一時しまっておくのに、何より大切なアクセサリーを無くしてしまわないためにも数寄屋袋は有用なのです。


自分だけが用いる茶席の小道具。

消耗品である懐紙一つとっても、その人の人柄やこだわりが映し出されるもの。その分、選ぶ楽しさ、使う喜びはひとしおです。袋ものは、用いられた裂地の意匠や、使い勝手の良さがポイント。

「帛紗挟」や「数寄屋袋」は名物裂(めいぶつきれ)と呼ばれる古典的な織物を生地にあしらったものが主流です。茶の席では昔から物を大切に扱う時、包んだり乗せたりするのに由緒ある裂を好んで用いてきました。

中でも最も古く珍重された正倉院裂は、飛鳥・奈良時代(7~8世紀)より伝わる染織品「上代裂」のうち、東大寺正倉院に収蔵されている格式高い裂地です。その他にも、華やかな名物裂や色鮮やかな更紗をモチーフにしたもの、現代的な意匠を取り入れたモダンなものなど、昨今では多様なデザインが楽しめるようになってきています。


もちろん裂地にも格の違いや、季節による使い分けは存在します。
でも、そう難しく考えて固くならず、まずは“好き”が一番です。
お気に入りの生地で仕立てられた数寄屋袋を片手に。

ちょっと背伸びすることも上達への第一歩。ご自身の感性を信じて基本の小道具を選んでみて下さい。

木村宗慎

茶人・芳心会主宰。茶道ブランド「茶論」総合監修。 少年期より茶道を学び、1997年に芳心会を設立。京都・東京で同会稽古場を主宰。 国内外のクリエイターとのコラボレーションも多く手掛けており、様々な角度から茶道の理解と普及に努めている。 2014年から「青花の会」世話人を務め、工芸美術誌『工芸青花』(新潮社刊)の編集にも携わる。 著書に『一日一菓』(新潮社刊)、『利休入門』(新潮社)、『茶の湯デザイン』『千利休の功罪。』(ともにCCCメディアハウス)など。

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