読み物
宗慎茶ノ湯噺
【宗慎茶ノ湯噺】其の十一 弥生 あたらしきがよし
真っさらなふきんがつなぐ、新しいご縁
春は出会いと別れの季節。卒業、就職、転勤…様々な理由よるお引越しは、悲喜こもごもの風物詩です。そんな引越しに付きものとされるのが、ご挨拶の品。ひと昔前なら引越し蕎麦を配る慣習がありました。これは、麺の長さに新しいご縁が続きますように、との願いを込めた贈りもの。蕎麦に限らず、ふきんや手ぬぐい、タオルを送るのも、同じく“長い”にこと寄せて。
長いことももちろん大事ですが、ご挨拶の品物には、相手の役に立ち、障りのないものを選びたい。ご縁のうぶであることを思えば、清々しい真っさらの布巾など、時代の移ろいに関係なく、大切な願いを込める、という意味でも好適品です。
“真っさらなふきんを贈る”というと、茶の湯の世界にも面白い逸話があるので紹介したいと思います。その昔、ある茶人が千利休に大金を送り「とにかく自分のためにいい茶道具を選んでほしい」と目利きを頼んだそうです。後日、利休から届いた荷物を喜んで開けると、中には真っさらな奈良晒(ならさらし)の茶巾が大量に入っていました。添えられた手紙には「なにはなくとも真新しい白い茶巾。これさえあればお茶はできます」と書いてあったといいます。
奈良晒とは、奈良地方で生産されてきた高級麻織物のこと。原料の苧麻(ちょま)は本来淡い茶色をしています。手間のかかる“晒し(さらし)”の工程を経て漂白され、浄らかで柔らかい白布になります。今では当たり前とされる真っ白な麻布。それが生まれたのは16世紀の終わり頃、利休が生きた時代です。清しく白い奈良晒は非常にイノベーティブで画期的、その美しさが珍重されたことは想像に難くありません。利休はけして皮肉めいた教えの心持で茶巾を送ったわけではなく、最先端の贅沢で豊かな品物として奈良の麻布を贅沢品として勧めていた、とも考えられます。
他にも、利休の名を冠した道歌には「水と湯と茶巾茶筅に箸楊枝 柄杓と心あたらしきよし」との一句も見られます。茶の湯においては、高価な茶道具にも増して消耗品である茶巾や茶筅の清潔さが、とても大切なのです。
茶の湯の世界では、お茶をたてる準備をしたり、片付けをしたり、道具を置いておく場所を「水屋(みずや)」といいます。水屋で使用するふきんは、通常けして客の目に触れることはありません。しかし、そこには用途別の種類やたたみ方などの作法が存在します。人目に触れないものを含めて細部にまで心を配ることこそ茶道において大切にされてきた、もてなしの価値観・美意識です。
ふきん一枚にこだわる細やかな気遣いは、きっと相手に伝わります。なにも茶の湯に限った話でなく、日頃から大切にしたいものです。贈答用としても自宅用として重宝する真っさらなふきんとともに、気持ちよく新生活を始めませんか。
木村宗慎
茶人・芳心会主宰。茶道ブランド「茶論」総合監修。 少年期より茶道を学び、1997年に芳心会を設立。京都・東京で同会稽古場を主宰。 国内外のクリエイターとのコラボレーションも多く手掛けており、様々な角度から茶道の理解と普及に努めている。 2014年から「青花の会」世話人を務め、工芸美術誌『工芸青花』(新潮社刊)の編集にも携わる。 著書に『一日一菓』(新潮社刊)、『利休入門』(新潮社)、『茶の湯デザイン』『千利休の功罪。』(ともにCCCメディアハウス)など。