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茶道のこと
新茶はなぜ特別なのか?月ヶ瀬健康茶園の考える理想のお茶づくり
「今年も新茶の季節になりました」
毎年この時期になると、こんなコピーをあちこちで見かけるようになります。
新茶とは、その年の最初に摘み取った新芽のお茶のこと。
お茶の木は生命力が強く、年に数回収穫の時期を迎えます。中でも最初に摘み取られたこの時期のお茶が「新茶」または「一番茶」と呼ばれ、特別価値のあるものとして重用されてきました。
“初もの”として縁起が良いだけでなく、“旬”のお茶としてその味わいも格別とされる新茶。同じお茶でもどうして品質が変わるのか。そもそもお茶の味はどのように決まっていくのでしょうか。
知る人ぞ知るお茶の産地として高い評価を受けている奈良県 奈良市 北東部の大和高原エリア。そのひとつ月ヶ瀬で、農薬や化学肥料に頼らない自然循環型のお茶づくりを続ける月ヶ瀬健康茶園さんを訪ねました。
一年に一度、最高の瞬間を見極めて収穫される特別なお茶
(新茶で収穫する“新芽”の部分)
5月某日の午後。月ヶ瀬に到着すると、何やら皆さんが慌ただしく動き回っている様子。現地を案内してくれる月ヶ瀬健康茶園の岩田ルナさんに聞くと、「今日明日で新茶をすべて刈ってしまうことにしたんです」とのこと。
当初の予定ではまだ先のはずが、2日後に雨が降るという天気予報を受けて急遽、その前に刈り取る決断をしたのだとか。
「もう少しだけ待って、茶葉の成長が揃ってから刈りたかったんです。でも雨が降るとすぐに刈れなくなるし、そうすると茶葉が硬くなってしまう。味を落とすことは絶対に避けたいので、収穫量を諦めて今年はこのタイミングで刈ることにしました」
一年で最初に収穫する新芽は、前年の秋から冬にかけて、茶樹の根や茎に蓄えられた栄養によって芽吹きます。たっぷりと栄養を含んだ新芽を柔らかいうちに収穫・加工することで、旨味や甘味を含んだ爽やかな味わいのお茶が楽しめるのです。
世界でも有数の冷涼な茶産地であり、収穫時期が他地域よりも遅い月ヶ瀬ではなおのこと。さらにゆっくり、じっくりと栄養を蓄えることで、旨みやミネラルの凝縮された新茶が育ちます。
気をつけなければならないのは、収穫時期の雨。この時期に雨が降ると、お茶の木は急速に成長しようとして茶葉に蓄えた栄養を吸い上げてしまいます。その状態で収穫すると味が落ちてしまう一方で、雨の後に味わいが戻るのを数日待ってしまうと、今度は葉が成長して硬くなり、渋みの強い状態に。
せっかく長い時間をかけて新芽を芽吹かせても、収穫タイミングを誤るとすべてが台無しになってしまいます。
だからこそ、全ての予定を変更し、収穫量を諦めても、急いで刈り終える判断をしたわけです。収穫の後はノンストップで製茶・袋詰め・出荷に進むため、この時期は毎年、寝る間もない忙しさが続きます。
到着早々、自然を相手にした営みの難しさと、品質を何より重視する岩田さんたちの強いこだわりを感じた瞬間でした。
(茶刈りの様子。余分なところを刈ってしまわないように緻密なコントロールが必要。茶葉の長さが揃っていないため非常に難しい)
作業効率の“良くない” 恵まれた立地
岩田さんに茶園を案内してもらい驚いたのが、その傾斜の厳しさと、バラエティに富んだ形状です。転げ落ちそうな急斜面や、でこぼこの土地。縦に並んでいたり、横だったり、列の長さが不揃いだったり。なんとなくイメージしていた、広く平らな土地に整然と茶畑が並ぶ様子とはかけ離れています。
(山の中に点在する茶園)
「こんな風に植えている理由は、お茶にとって条件が良いから。その一点です」と岩田さん。
当然、ひらけた平らな土地の方が作業効率は良いものの、そのために新たに開墾した土地では肥料を撒いて管理しないとお茶が育ちません。一方、急斜面で作業は厳しくても、お茶の木がしっかりと根を伸ばせて空気も通りやすく、水捌けが良いところでは土地の力だけでお茶が育ちます。
月ヶ瀬健康茶園では、「お茶がお茶らしく育つこと」を意識して、農薬や化学肥料を用いない有機栽培に取り組んでいます。
それは、単純に化学肥料が健康に良くないからということではなく、お茶づくりを続ける中で、その土地が本来持っている特徴をいかして育てることが、お茶の美味しさにつながることに気づいたからこそ。化学肥料を使う場合に比べて芽の出はあまくなりますが、その分ゆっくり育ち、そしてお茶の美味しさが出るのだそう。
土地のミネラルを時間をかけてゆっくりと吸収できるように、種からお茶を育てる「実生(みしょう)」という栽培方法にも取り組んでいます。
一般的な挿し木と比較すると育つまでに時間がかかり、成長速度もばらつきが出てしまう一方で、根っこが地下へとぐんぐん伸びていくのが実生の特徴。傾斜面に実生でお茶を植えると、ミネラルの豊富な表土部分を長く通って根っこが伸びるため、その土地の栄養を吸い上げるのに適しているのです。
(できる限り、元々の自然の状態を崩さないように生育する)
自然条件と茶種を組み合わせたお茶を個別に仕上げる、究極のシングルオリジン
同じ品種の茶樹であっても、粘土質や花崗岩質など土質によって味が大きく違ってくることから、自然条件ごとに茶園を区分けして、様々なテーマのお茶をつくることにも挑戦中です。
現在、条件の異なる113の区画、134の圃場(ほじょう)で様々な茶種を有機栽培しており、製品ロットは200を超えています。そのすべてを別々に仕上げており、岩田さんは「今で言うところのシングルオリジン」と話します。
単一の産地や品種どころか、区画や圃場まで細かく区別して仕上げられていることを考えると、究極のシングルオリジンと言っても過言ではありません。すべて個別に仕上げてテイスティングもしているので、それらを合組(ごうぐみ)する場合も、「きちんとバランスを考えてブレンドできる」とのことでした。
もっともその土地らしい、その年だけの味わいを愉しむ
「今年の新茶は、でんぷん質の甘みが強く感じられる気がします」
岩田さんがそう話すように、お茶の味わいはその年によっても異なります。特に、農薬・化学肥料を使用していない場合、前年の夏以降の気候の傾向が、素直に新茶の特徴になってくるそう。
そんな毎年の傾向を味わえるのも、新茶ならではの醍醐味です。
秋から冬にかけてじっくりと土地の栄養だけを吸い上げた月ヶ瀬の新茶は、もっともその土地らしい特徴を持った、その年だけの特別なお茶であると言えるかもしれません。
「今年も新茶の季節になりました」
そのお茶が育った土地のことを思い浮かべながら、二度と同じ味には出会えないかもしれない、貴重な一杯を愉しんでいただければと思います。
※今回、茶論のために新芽を厳選していただいた、オリジナルブレンドの「(新茶)有機一番摘み月ヶ瀬煎茶」を発売いたします。こちらもぜひご賞味ください。
■茶論オリジナルブレンド「(新茶)有機一番摘み月ヶ瀬煎茶」