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宗慎茶ノ湯噺

【宗慎茶ノ湯噺】其の七「長月 重陽」

【宗慎茶ノ湯噺】其の七「長月 重陽」

重陽の節句

九月九日は五節句のひとつ「重陽(ちょうよう)」です。昔の人は奇数をハレ、陽の数字と考えて大切にしました。いまでもお目出度い席では、偶数を嫌い、奇数を喜ぶことは皆さんご存知でしょう。「九」月「九」日、陽の極まる数字が二回重ねられることから「重陽」と名付けられた節句。別名、菊の節句ともいわれる重陽は、現在では一般家庭で祝われることはほとんどなくなりましたが、ちょうど盛りになって咲き始める菊の花を愛で、また、「幾久(きく)」、いくひさしくとの当て字が物語るとおり、健康や長寿を祝うための歳事でした。

“六日の菖蒲、十日の菊”

重陽の節句にまつわることわざの一つに、「六日の菖蒲、十日の菊」があります。菖蒲は節句の日である五月五日に、菊は九月九日にあってこそ。わずか一日遅れるだけで用を為さなくなる。時機を逃す不明を教え諭したことわざです。もちろん、本来の意味も重く受け止めたいとは思いますが、たとえタイミングを逸したとしても、そのことを謙虚に受け止めた上で、お祝いしたい気持ちに、「六日の菖蒲、十日の菊ではありますが」と一言添えるならば、それはそれで、控えめでゆかしい態度であるように思います。作法も形式ばかりでは味気ない。上手く生かしたいものです。

「枕慈童」の伝説

なぜ菊の花が不老長寿の象徴とされているのか。その物語は、お能の謡の名曲として人口に膾炙*(かいしゃ)されてきた演目の一つ「枕慈童(まくらじどう)」(「菊慈童(きくじどう)」とも呼ばれる)に描かれています。  *人々の話題に上ってもてはやされ、広く知られること。

それは、名君の治世に現れた不思議な出来事。霊験あらたかな妙文が記された菊の葉から滴りおちた水は、不老長寿の薬ともなって草木国土を潤す。秘境の奥で明かされる、祝福の物語。

古代中国の酈縣山(てっけんざん)の麓には、人々が長寿になるという不思議な湧水がありました。噂を耳にした魏の文帝の命により勅使がその源流をたずねると、菊の咲き乱れる山中で不思議な少年と出会います。「我は周の穆王に召し使われし慈童なり」。それは700年も前の天子に仕えていた慈童でありました。

聞けば、穆王に仕えていた頃、王の寵愛を良いことに、戯れに頭上を跨いだことが大臣たちに知れ、死罪を求刑されたといいます。哀れんだ国王の取り計らいで、なんとか死刑を免れた慈童は、選別の品として枕を渡され、古狼野干(こうろうやかん)の危険な山奥へ追放されました。この枕は、国王のために誂えた特別なもので、「福聚海無量(ふくじゅかいむりょう)」、「是故応頂礼(ぜこおうちょうらい)」という、不老長寿のありがたいお経の文句が書き連ねられていました。野山で生き延びる知識も道具もない宮廷育ちの慈童が、とにかく一日でも長く生き延びられるよう、慈童に神仏のご加護があるようにとの国王の願いが込められていたのでした。

追放された慈童は、別れの際に国王が告げたいいつけに従い、幾日も墨を摺りながら一生懸命にお経の文句を菊の葉に書き続けます。お経がつづられた葉に溜まった夜露は霊水となり、それを飲んだ慈童は、気が付けばなんと700年も生き続けていたというのです。

そうして、慈童はこれまでのいきさつを話し終えると、自分の命を惜しんでくれた今は亡き穆王に想いを馳せて悲しみながらも、自分の居場所はここだから、王の思い出ともに経文を葉っぱに書き続けながら余生を送ると言い残し、深い山奥に姿を消します。果たして、酈縣山の麓では霊水となった夜露が地面を伝い、山より湧き出る水となって人々を潤し、長寿をもたらしたそうです。

茶席の掛け軸に好んで書かれる文句の中にも「菊花令人寿(きっかれいじんことぶき)、菊花が人を長寿にする」という一行があります。元は陶淵明の詩の一節。慈童が無心に、菊の葉にお経の文句を書く姿が目に鮮やかに浮かびませんか。

菊酒と着せ綿

という訳で、菊の花は古来より不老長寿の象徴として用いられてきました。重陽の節句に喜ばれる縁起物もののひとつに、菊の花びらを酒に浮かべた菊酒があります。百薬の長に取り合わせた不老長寿の花。「秋には菊酒」。九月に重陽の節句を祝う茶会では、これを楽しみます。

また、この時期の代表的な行事が「着せ綿(きせわた)」です。古くは平安時代、重陽の前後に菊の花を湿らせる夜露には、不老長寿の効果があると人々は信じていました。そのため、上は宮中から下は庶民に至るまで、皆が菊の花に真綿をのせて夜露を集め、翌朝に競ってその綿で肌身をぬぐい、健康を祈ったと言います。菊の花に真綿を乗せた姿が、綿を着せたように見えることから着せ綿と呼ばれるようになりました。

茶席のお菓子にも、「着せ綿」と呼ばれるものがあります。菊の花を模した生地の上にふわふわと白い餡や、そぼろ状のきんとんをのせた姿がかわいらしい、伝統的な意匠です。そうしたお菓子を口に含みながら、枕慈童の謡曲などに思いをはせて、初秋の一服というのもしゃれたもの。不老長寿とまでは言わずとも、一年の健康を祝って愉しみたいものです。


文:木村宗慎

茶人・芳心会主宰。茶道ブランド「茶論」総合監修。 少年期より茶道を学び、1997年に芳心会を設立。京都・東京で同会稽古場を主宰。 国内外のクリエイターとのコラボレーションも多く手掛けており、様々な角度から茶道の理解と普及に努めている。 2014年から「青花の会」世話人を務め、工芸美術誌『工芸青花』(新潮社刊)の編集にも携わる。 著書に『一日一菓』(新潮社刊)、『利休入門』(新潮社)、『茶の湯デザイン』『千利休の功罪。』(ともにCCCメディアハウス)など。

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